マルチが俺と一緒に暮らすようになって、そろそろ3週間が経つ。
最初は料理の本を見ながらでさえ何一つまともに作ることが出来なかったマルチも、ようやく米の研ぎ方と味噌汁、目玉焼きの作り方は覚え、それ以外の料理でもよほど難しいものでない限りは本を見れば何とかなるレベルにまで料理が上達した。今となってはあの「ミートせんべい」も懐かしく思えるのだから不思議だ。
そんなある朝。
俺はいつもより少し早い午前7時10分に目を覚ました。
ベッドの上に上半身を起こして少しぼーっとしてから、一階(した)に降りると、台所ではマルチが何やら立ち回っていた。
「マルチおはよー」
「あ、浩之さんおはようございます〜。今日の朝ごはんは新しいメニューに挑戦してみたんです」
得意げな顔で、マルチが言った。
「ご飯が炊けるまで、もうちょっと待ってて下さいね」
食卓の上を見渡すと新聞がないことに気づいた俺は、その「新しいメニュー」とやらを待つ間に新聞を取りに行くことにした。
サンダルを突っかけてドアを開けると、すがすがしい朝の空気があった。
郵便受けの中から広告によって二倍ぐらいに体積を増やした新聞を引っぱり出し、屋内へ戻る。
玄関でふと、匂いが鼻をついた。
チョコレートの匂いだった。
その時はホットチョコレートでも作ったかな、と思ったのだが、その予想は思いもしない形で外された。
「浩之さん、これが新しいメニューです」
ダイニングに入った俺は、食卓の上に置かれた茶碗に注目した。
あたたかいご飯、の上に何やら茶色いものが乗っている。
あまり考えたくはないが、どうもチョコフレークらしい。
さらにその上には、マヨネーズとおぼしき薄く黄味がかったクリーム状の物質が綺麗な輪を描いている。
「マルチ、、これ、何?」
「料理の本を見て作ったんです」
「、、、何の本?」
「これです」
料理を見た瞬間に、予想はした。
だがまさか本当にそうだとは思いもしなかった。
俺の目の前にマルチが差し出した「料理の本」は「秋本康原作の料理マンガ」こと「Oh!myコンブ」の単行本だったのである。
マルチの罪のない笑顔が、俺にはとても残酷なものに見えた。